モノを考えること。
下記リンク、震災からの写真と、自衛隊宛のレスに思わず涙が流れた。
http://hamusoku.com/archives/6702455.html
立ち返って(いつも自戒する)私がいま考えること。
それは面倒くさいことを、答えのないことを考えるようにしよう、ということだ。
きっかけは、ハガレン書いていた著者サンデー連載中の漫画の中の描写。
学歴社会に嫌気がさした主人公が、農業校のなかで豚を飼育する。
勿論食用なので、とさつ(変換できない)場に行く運命にある自分の豚に、
豚丼と名前をつけ、愛情を注ぐ。
生き物を食うとはどういうことか?それを考える主人公。
「学歴がなければ誰も相手にしない。」 「世の中はそういうものだ」
父の言葉に反抗するように。
生き物を食べる、ということに対して、何も抵抗(考えをもたない)しなければ、
達観してしまえば、楽だけど、そこに居座りたくない。
今主人公は5,6匹の豚に名前をつけたところ。
悩みまくりたいみたい。どMである。
さらに三月のライオンでは、
中学生ながらプロ棋士である主人公が、無我夢中に、学生生活など
投げ捨てて将棋に打ち込んだことに対して、
「泳いで、泳いで泳いで泳いで泳ぎぬいた果てに たどり着いた島 ここにしがみついてしまえば、 もうそこでとどまってしまえば、思考を停止してしまえば、 そこは安住の地で、もう次の島へ泳ぎだす理由もない」
と言う。
さらにさらに天使な小生意気20巻では・・・
いや、このくらいにしておこう。
つまるところ。
- 考えぬくこと。
- 大人として自分の人生に本気になれること。
この2つが大切で、この2つをモチベーション云々の前に、
達成しなくてはならないものなのであるのだ、絶対。
と私は思ふのです。
何かを感じ、アクションを起こす。
そこには感情の変動がある。
外界に私たちは存在するのだ、だから
外界から刺激を受けるのは必然であって、
私たちは外界に交わることを積極的にすべきだ。
と私は感じる。テンション高い時は特に。
さて、なんでだろう?