考えてみたい(未来形)

人は感情を揺さぶられると、何かアウトプットしたくなる。

それは愚痴だろうか。気晴らしだろうか。主張だろうか。
そして矛先は自分だけか、自分以外か。
今日はそれをひとつ。

66回目の終戦記念日
こういう記事を読むと、「あ、なんて自分は日本(又は"もの")を知らないんだ」と感じる。それと同時に、自分の満足いくまで学ぶことの膨大さ、またその流動性に想像するだけで辟易してしまい、結局行動に移せない。

国民たるもの、国自身について知らなければならない、とは誰しもが思っていないし、世界の情報に関心はなくて、身近なニュースでなければ、わずらわしいとばかりに思考停止してしまう。だからなんとなく生きていける。

いまの日本では、選択の幅が広い。
それはもやしもんでもあるように、幸福なことであると思う。
だがデフォルトで選ぶ選択肢のレベルを上げることはできないだろうか。
人は満足しているとそれ以上を求めない。
思考が停止してしまう、気がする。

この現状を打破する必要はあるのだろうか。
自分の進む道の先に理想とするものがあるだろうか。

このあたりについて考えてみたい。

・世間一般不満リスト

  1. 生活に対する指摘(大きなもの)1
  2. 生活に対する指摘(大きなもの)2

・理想の道リスト

  1. 観点1
  2. 観点2