もう一ヶ月半。

そろそろ疲れてきた。

職場に配属されて、経過した時間の多きこと、こなした仕事量のかくも少なきこと。
(何一つ会社に貢献していない・・・研修の延長線上である)

まだ仕事をこなすには「役不足」とみなされている。
非常に憂鬱になってしまう。ストレスフルな毎日。

とかく、たいした仕事じゃないので、
私もそのようにあしらっていたのが良くない。
ミスがあると、ものすごい評価を下げる。

ニコニコ顔していても、メールの文面は氷のようだ。

今日からようやく考え始めて仕事をし始めました。
結局のところ、誰かを信じることができないんだなぁ、、、って感じ。

誰かを信じるためには、やはり記録に残さないと。
それでいて、多少嫌われても主張すべきことはしないと、自分の責任になってしまうことを学びました。
ぶっちゃけよくわからないなら、そういえばいいのに、そうしない先輩は少しムカつきます。
もちろん私以外の人に対する、私への蔑視等もあるでしょう。それは改善していかねばなりません。

が、現状わからないのは「割り込み処理」とドライバの関係。
「わかる・わからない」の比率は、2:8くらいに肥大している。
もうちんぷんかんぷん。

「全貌を把握してないのに無理とは思いませんか?」と主張・愚痴を垂れる一方で
「そんなことない。自分が考えてないだけ。」と相反する自己矛盾。

人は矛盾した感情を持つことができる。

なーんて、

まぁそんなのはどうでもいいから、より良い感情を設計できるようにするべきだと思いました。<余談ですが・・・・>

自己概念
↓↓
感情
↓↓
環境
↓↓
行動

の順序で人は動くため、行動とは、表層に過ぎない。という考え方がありますが、
だとすれば、世の中は表層しか見ていない、表層さえしゃんとすれば良い、ということになりますね。<映画:イレーナ・センドラー>
見ました。
非常に刺激を受けました。

「人が溺れているのなら、助けようとしなさい」とは父親の言葉ですが、ここからは
「助けられるような、実力・準備をしておきなさい」といったことが考えられます。

これに関しては

情勢が戦時下なので、人を助けたい!思えば、その行動には正当性を問う必要すらなく、
感情は即座に行動に移るため、この点で、戦時下にある人を羨む愚行に陥ってしまいますね。